なぜ体罰教育を容認するのか。

アドラー心理学の「幸せになる勇気」を読んで、教育について深く考えさせられました。
その中で、特に、なぜ体罰教育を容認する人がいるのかを、ふと考えてみた。

ちなみに私は、否定派です。
アドラー心理学を学んでいる人や「嫌われる勇気」「幸せになる勇気」を
読んだ人は、よりそう感じる人は多いのではないでしょうか。

今回は、なぜ体罰が悪いかというよりは、(それは書籍を読んでください)
なぜ、体罰教育を容認する人がいるのか。ということです。

これは、大きく2つのパターンがあるような気がしています。

1つは、多少の体罰がなければ、教室をまとめることができない。という考え。
これは、親も含めた教育者の立場からの視点。

2つめは、自分が体罰を受けて指導をしてもらったおかげで今の自分がいる。
これは、実際に体罰教育を受けて大成した人が言っているケース。

1つめについては、ぜひ書籍を読んでほしいのですが、
簡単にいうと、教育者が子供達をコントロールするために体罰をしているということ。
これは、「教育」の定義をどこに置くのかという問題。

指導する先生の言う通り行動することが、教育なのか。
子供達が自ら考え自立に向けた手助けをすることが、教育なのか。

もちろん。自立に向けた手助けをすることを定義に置くべきだと私は思いますが。

実は、これはすごく難しい問題で。
自立に向けた手助けをしたいという気持ちがありつつ体罰をしてしまうケースもあると思うんです。

この生徒をもっと成長させたい。もっと成長できるはずだ。
という期待する気持ちが大きいことで、その手段として体罰を選んでしまう。

こうなると。
これは今度は「受け取り手」の問題で、体罰を受けたことにより。
「先生は、自分のためにここまで言ってくれているんだ」と感じれば。
それは、その気持ちに応えたい。もっと頑張ろうという気持ちを育成することにも繋がります。

ただ、逆に「自分はなんてダメなんだろう」と感じれば、
その子の、やる気は下がるでしょうし、自己肯定感を低くしてしまうかもしれません。

そうすると。先生としては良かれと思ってやったものが、
真逆の結果を与えてしまう可能性があるということです。

私は、こうした問題を考えたときに、こう2つに整理すればよいのかなと思いました。
それは、「マインド」「伝える技術」を分けて考えるということ。

「マインド」とは、どのような教育基準を持っているのか。

本当に生徒のためを思ってしたことは、表面には「体罰」だったとしても、
その生徒には、成長させるものとして働くことがあるということです。

しかし、逆を返すと、その生徒の自己肯定感を下げる可能性もあるということです。

そこで、「伝える技術」を持つということ。
アドラー心理学やコーチングを学ぶことで、「体罰」という手段を選ばなくても、
相手を成長させる。勇気づけることが出来るのです。

2つめの、自分が体罰を受けて指導をしてもらったおかげで今の自分がいる。
これは、実際に体罰教育を受けて大成した人が言っているケース。

これは、社会的地位が高い人やスポーツ業界の人に多いイメージですが。

「自分は、過去にこんなに苦労した経験があった。だから今こうやって大成したんだ。
だかこそ、若いうちに体罰も含めて理不尽なことを経験しておくことは大切だ」

といことを、業界の著名人が言うと。すごく説得力がある。
実際に間違いではない。

今現在。そいういう理不尽なことを経験している人にとっては、
こういう言葉はとても勇気をもらえる言葉だと思う。

しかし、気をつけなければならない。

確かに「スキル」を一流のレベルにすること。
これが目的であれば、実は「体罰教育」でもできてしまう可能性があるからだ。

いわゆる【賞罰教育】もっというと【アメとムチ】
これを上手に与えることで、その為に頑張る子供が生まれる。

ただ、問題なのは、この教育で幸せになれるか。
ということ。

私は、そうした教育は、人を幸せにしにくいと考えている。
一流の選手や、著名人が様々な不祥事を起こしているのをみれば、
それが答えではないだろうか。

もちろんそうした教育を受けてきたとしても、
自分自身で、「自立」に向けた考え方にシフトし、幸せを感じる人もいると思いますが、
最終的に、スキルが一流になることが目的なのか。といわれれば、そうではないですよね?

スキルが一流でも不幸せだと、いやじゃないでしょうか?

であれば、スキルを一流にするのを目的においた教育ではなく、
幸せと感じる人生を歩むことを目的においた教育の方が良いような気がします。

なんだか、長くなってしまいましたが。
「体罰」を容認している人は、おそらく体罰も含めて自分の過去を肯定することが、
できている人だと思います。
それは、それで素晴らしいことだと思います。

しかし、教育という立場からの観点でいうと、「体罰」という手段ではなく、
別の手段を選んだ方が、自立に向けた成長や幸せに感じる人が増えるのではないのかな
と思いました。

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