大きな世界からみたらなんて自分はちっぽけな存在なのか。

①みんなから好かれたい!みんなに嫌われたっていい!どっちがいい?

②大切なのは家族?学校?会社?地域?日本?世界?・・・宇宙?(共同体感覚とは)

ちょっとシリーズ編になってきましたが。

こうやって、自分の思考をぐるぐる回しながら、自分勝手に思うがままに書くって好きなんです。
段々と自己満足の極みに入ってきていますが。。。

前回、共同体感覚と言う話がありました。
共同体感覚とは、本能である貢献したいという欲求のその向かう【対象】と
いってもいいのかもしれません。

そして、その【対象】の概念は、より大きい方が良い。
と、言うことです。

でも、そんな大きなことを考えると。
逆にこんなことを思ったりもします。

【自分なんていてもいなくても、どうでもいいのでは?】

世界の人口は約70億人。もいるといれています。
これから、ますます人口は増えていくと言われています。

そう考えると、私という存在は、7,000,000,000人の1人
でしかないのは、間違いないです。

時間でみるとどうでしょうか。
私たちが生きている時間は、平均寿命で、約80年(今後もっと伸びそうですが。)
人類が誕生したのは、500~600万年前(所説あるので、ざっくりと)

とすると。私たちは、長い歴史の中で見ると。

6,000,000年のうちのたったの80年。
100%の割合でみると、0.0013333・・・%にしか満たない年月しか生きません。

もっと、言うと。
地球が誕生したのが、46億年前。
宇宙が誕生したのが、138億年前。

宇宙の歴史から見れば、私たちの一生なんてものは、一瞬にも満たない時間の感覚ですね。。。
こう見ていくと大抵のことは、まあ、「どうでもいい」ことになりますね。

このことをうまく利用するのであれば、何か重く悩みがあるとき。
こうした考え方を思い出すと、その悩みがスッと消えますよね。
だって、宇宙の規模から考えれば、ほとんどのことは、まあ、大した悩みじゃないです(笑)

とはいえ、逆に、なんて自分はちっぽなんだろう。
自分の存在は、いてもいなくてもいい存在ではないだろうか?

こう考えることもあるかもしれません。
ちょっと寂しいですが。
結構こう考える人っているんじゃないかなって思います。

だから、共同体を大きくした方が、いい!って言われても、
世界を大きく見れば見るほど、自分の存在価値が見いだせなくなってしまい。
むしろ、自分の存在価値を認めてほしいが為に、その共同体を小さくしてしまう。
なんてこともあるかもしれません。

自分の世界を小さくする。
具体的には、
地域でなく学校、
学校でなく、クラス、
クラスでなく、数人の友達
数人の友達ではなく、家族。

自分の世界を家族にしてしまうと。
もう、家から一歩も外には出れないということです。
いわゆる「引きこもり」になるんだろうなと思います。

なので、「ひきこもり」の人に暗に「共同体を大きくした方がいいよ」といっても。
それだけでは、むしろその人の「目的」は「共同体を狭くすること」なので、
それでは、意味がないかもしれませんね。

これは、共同体に対して貢献することではなく。
共同体に認められることが「目的」になってしまっているわけです。

ここを掘り下げると、また長くなるので、
今日は、ここで終わりにします。

こんなことを考えていると、
私が好きなミスターチルドレンの「彩り」
という曲を私は思い出します。

~一部抜粋~
「僕のした単純作業が この世界を回り回って
まだ出会ったこともない人の笑い声を作ってゆく
そんな些細な生き甲斐が 日常に彩りを加える
モノクロの僕の毎日に 少ないけど 赤 黄色 緑」

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